きっかけは、周囲の空気だった。
会社の同期たちが高級車やブランドバッグを持ち始めていて、「そろそろ自分もそういうフェーズなのかもしれない」と思い始めた時期だった。
どこかで「20代でそれを持つ=成功の証」みたいな価値観があって、気づけば時計も”自分を格上げしてくれるアイテム”として見ていた。
今振り返るとかなり単純で、「これを持っている自分、いい感じでしょ?」という見栄がかなり大きかったと思う。
当時の価値観
当時は「形から入るのが正解」だと思っていた。
- 若いうちにいいものを持つことがステータス
- 持ち物で自分の格はある程度決まる
- ちゃんとして見えることは”買える”
直営店で飲み物を出してもらいながら接客を受けた時間は、かなり特別だった。「選ばれている側の人間になった」ような気分になる世界観。購入後も、担当の方から丁寧すぎる直筆の手紙が何度も届いて、そのたびに満足度が上がっていったのを覚えている。
今の価値観
今の自分から見ると、少し早かった買い物だったと思う。腕時計だけが浮いていた。服や靴など全体のバランスが追いついていなかったことにも、当時は気づいていなかった。
さらに、時計そのものへの理解も浅かった。ブランドの比較をあまりしていない。機械式時計の背景も深く知らない。ただ「良さそう」で選んだ。
今ならもう少し時間をかけて選ぶと思う。そして現実的には、オーバーホールもしておらず、今はほぼ使っていない。
売却してみたらどうなるか(現実)
一番リアルだったのはここだった。試しに中古相場を見てみると、70万円で買った時計でも、売却価格は想像以上に下がる。
- 購入:70万円
- 売却:30万円前後(もしくはそれ以下)
- 実質コスト:40万円以上
しかも、その間ほとんど使っていない期間がある。「資産になる」と思っていたけど、実際はかなりしっかり”消費”していたんだなと気づいた。
Apple Watchになった理由
今はApple Watchを使っている。理由はシンプルで、実用性が圧倒的に高いから。
- 健康管理
- 通知の確認
- 日常の支払い
- 生活への自然な溶け込み
高級時計が「所有する満足」だったとしたら、Apple Watchは「生活の一部として機能する道具」。今の生活にはこちらの方が圧倒的に合っていた。
まとめ
70万円の時計は、今でも完全に無駄だったとは思っていない。あのときの高揚感や、特別な世界観に触れた経験は確かにあった。
ただ冷静に振り返ると、「見栄で買った高額品は、手元に残っても価値が目減りしやすい」という現実もセットで学ぶことになった。
今はもっとシンプルに、”日常でちゃんと使うものかどうか”を基準に選ぶようになっている。
まとめ:満足度ジャッジ
| 軸 | 評価 | コメント |
|---|---|---|
| コスト | ★☆☆☆☆ | 70万円に見合う価値を感じられなかった |
| 時間対効果 | ★☆☆☆☆ | 眺めるたびに後悔する時間が生まれた |
| 精神的満足度 | ★★☆☆☆ | 買った瞬間は満足したが、長続きしなかった |
| 再現性 | ★★☆☆☆ | 「なぜ買うのか」を明確にしないと同じ後悔を繰り返す |

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